以後コンタクトレンズ使用禁止

以後コンタクトレンズ使用禁止|ICL術後19年目のリアル

私が初めてコンタクトレンズを買ってもらったのは、中学生の時のこと。それから10年あまりは、大きな問題もなくコンタクトレンズ生活を送れていました。

近視は年々進んでいたけれど「近眼の悪化は25歳まで」という一般的な近視の進行セオリーを信じ、特段の問題意識は抱いていませんでした。目が悪いのは当たり前、これ以上状況が悪くなることはないだろうと酷く楽観的に考えていました。今考えると本当に恐ろしいことですが。

就職を機に、状況が一変

ところが。就職を機に、状況は一変しました。

雑誌の編集職として無事就職したまではよかったものの、強烈な激務の日々。帰宅は毎日23時すぎ。場合によっては職場に泊まることも。コンタクトレンズを装着している時間が更に長くなり、その上、うっかり居眠りも格段に増えました。

角膜の酸素不足による不具合発生

コンタクトレンズ連続装用し過ぎで、角膜酸素不足による不具合発生|ICL術後19年目のリアル

その影響は、具体的な不調となって少しずつ現れました。最初は視界の曇り。コンタクトレンズをつけていると、うっすら靄がかったように視界が白く曇って見えるようになりました。

曇りの原因は、角膜の酸素不足です。本来であれば、角膜は空気中から直接酸素を取り入れることができます。けれどコンタクトレンズを装着していると、レンズが蓋になってしまい、角膜の呼吸を阻害してしまうのです。

視界の曇り自体は学生時代にも時折見られたことだったので、そこまで深刻には考えていませんでした。曇りを感じたら、なるべく早くコンタクトレンズを外せばいい、そんな風に軽く考えていました。

毎日、コンタクトレンズをしたまま長時間労働。疲労がたまり、通勤電車では居眠り。そんな、目にとっては非常に過酷な日々が続きました。

徐々に不調は蓄積していき、ある日突然、私の目はコンタクトレンズを受け付けなくなってしまったのです。

眼医者さんで、生涯コンタクトレンズ使用不可宣告を受ける

眼医者さんで、生涯コンタクトレンズ使用不可宣告を受ける|ICL術後19年目のリアル

ある朝、いつものようにコンタクトを入れたつもりなのに、どうにも涙が止まらなくなりました。

初めてハードコンタクトレンズを付けさせてもらった時のような、目の中の巨大な違和感。どんどん涙が流れるせいか、瞼も盛大に腫れぼったくなっていきました。当然、目は充血して真っ赤に。ただただ目がコンタクトレンズを拒否している、そんな感じでした。

仕方がないので、その日は家用の眼鏡を持って裸眼出社しました。当時の裸眼視力は、0.04と0.03。ほぼ見えていません。起きている時間の殆どをコンタクトレンズ装着のまま過ごしていた私は、もう長いこと眼鏡の調整をしていませんでした。

どうにか時間を作って眼医者さんを受診したところ、彼は開口一番

担当医の説明

「以後コンタクトレンズ使用禁止ね」

と言い放ちました。

担当医の説明

「あなたの目は、コンタクトレンズの限度を超えた連続装用によって、角膜の中まで完全に毛細血管が入り込んでいます。ここまで血管が入り込んでいる例は初めて見たくらい。とにかく状態が悪いことを自覚すべき。今後は一切コンタクトレンズは装着しないこと。あなたは、一生コンタクトレンズ禁止」

大分強い調子で窘められ、一気に血の気が引いたのでした。